2011年の11月にふと思いたち、「無益な殺生をしない」と決めた。
それ以来、ゴキブリやムカデはおろか、蚊の一匹すら殺さなかった。
昨年の春、息子の虎之介が産まれ、俺と妻と子供、三人での生活が始まった。
夏になり、仕事の都合でしばらく田川の実家で過ごすことになった。
田川の夏は、虫の楽園である。
実家の寝室には、よく蚊が入ってきた。
しかし俺は、自分のルールに従い、いくら蚊に刺されても殺さなかった。
そんなとき、妻は夜な夜な起きては蛍光灯をつけ、部屋に入ってきた蚊をいつも面倒臭そうに叩き殺していた。
「俺、無益な殺生をせんようにしちょんよね」
と話すと、
「知ってる。でも、虎之介が刺されるのは私が嫌だから、私が退治する」
と妻が言った。
俺は、そこではじめて、
自分だけが善い人であろうとするために、自らの手を汚そうとしなかったこと。
そして、そんな俺のせいで、
息子を守る妻の手を、いつも血で染めさせていたのだと気づいた。
次の日、寝室にムカデが出た。
俺はすぐさま台所へ走って取ってきた割り箸を手に部屋中を逃げ回るムカデを追い回した末になんとか捕獲し生き延びるための本能により必死に身体をくねらせて逃れようとするムカデを逃してたまるかと割り箸を持つ手の力を緩めることなく強く握りしめやっとのことで外に放り投げ熱湯をかけると、
…やがて、ムカデは動かなくなった。
約7年ぶりの殺生は、想像したとおり、
あまり気分が良いものではなかった。
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