限界を決めるのは誰だ

息子の虎之介の保育参観に行ってきました。

普段やっている活動や食事、保育士さんたちとの関わり方、他の園児たちとの関わり方。
普段見ない虎之介の姿をたくさん見せてもらいました。

保育士さんの管理のもと、ハサミを使って、紙を切る練習をしていました。

保育士さんが横についてなくても、一人で机に向かってフォークで食器から白米をすくい、口に運んでいました。

これらの光景をみたときに、まず僕が感じたのは、
「虎之介…、いつのまにこんなこと出来るようになったん…知らんかった…」です。

ハサミは、家では絶対に虎之介の手の届かないところに置くようにしていましたし、
食事の際は、お米を食べやすいようにお米とおかずを一緒の皿にいれ、余裕があるときは海苔を巻いて海苔巻ご飯にして手で食べさせていました。

そして、もう少し考えて、さっきの自分の考えが間違いだったことに気づきました。

「虎之介が出来るようになったのではなく、やれば出来ていたのに、やるチャンスを僕が与えなかっただけだ」
ということです。
僕が、虎之介のパフォーマンスを最大限引き出せておらず、足を引っ張っていたのです。
今回のケースで、限界を決めていたのは親である僕だったわけです。

同じことが、組織の中で発生することがあります。
上司、リーダーなどなど、管理者が、このように管理される側のパフォーマンスに制限をかけてしまうことはよくあります。

さて、タイトルに書いた、「限界を決めるのは誰か」の答えですが、
では、 「管理者である」と答えるのが正解でしょうか?

僕は、それはそれで違うような気がしてます。

管理者がいくら限界をとっぱらい、制限を外したとしても、
自分で「無理だ」と思ってしまっては結局パフォーマンスを発揮できません。

そうなのです。
チャンス → 基礎能力 → 自分 → 管理者 → その他外部環境 → その他諸々 → アウトプット
という、チャンスが発生してからアウトプットまでの一般的な流れの中で、
どこか一つに制限がかかるだけで、最終的なアウトプットのレベルが制限されます。
「ボトルネック」という考え方です。

今回の虎之介のケースで言うと、ボトルネックは僕だったわけです。

何か、出来ないことがあり、限界を感じたとき。
能力が足りないからできないのか?
自信がないからできないのか?
許可がとれないからできないのか?
環境がよくないからできないのか?
それぞれについて、一つずつ検討する必要があります。

まぁ、一言でいうと、みんなが何かに制限されることなく、自由になればいいと思います。

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