自分の中にある負の感情との付き合い方

大げさなタイトルを書きましたが、
要は、自分の中に、トラウマであったり、嫌いな性格、性質のように、
何かしら「目を背けたい部分」があった場合、どうすればいいか?
という話です。

僕は心理学や心理医療などを勉強したわけではなく、
自分の経験や感覚だけをもとにして、無責任に書きますので、ご了承ください。

結論から言いますと、
「恨まず、憎まず、ただただじっと客観的に見つめてあるがままを認識する」で終わりです。


一番やっちゃいけないのは、
「自分の嫌なところを感情的に見つめ続けて、どんどん自分のことが嫌いになっていく」ことだと思います。
これが良くないことだというのは、おそらく説明の余地が無いでしょう。
メリットがないですから。

そこで、おそらく一般的に最も多く採用される方法が、「見ない・考えない・忘れるようにする」だと思います。
普通は、こうやって解決してるし、出来てると思います。
しかし、実はこれは根本的な解決法になってないことが多いです。
(※何度も言いますが、僕の個人的な感覚に基づいたいち意見ですからね)

その状態を例えると、ただの「臭いものに蓋」状態です。
蓋をされた肥溜めの中で、どんどん腐っていき、臭いが出てきたらもっと奥底に沈め、
さらに発酵・熟成していきます。
一見、外からは見えませんし、普通に生活しているぶんには特に問題はありません。
しかし、何かの外的要因があったり、精神が揺さぶられるようなことが起こったとき、
奥底に沈めたはずの腐った膿が、外に浮き出てきます。
その時はもう、やばいです。
あたりに悪臭を撒き散らしてしまい、自分にも周りにも被害が出てしまいます。


そうならないためには、「臭いものに蓋」をして閉じ込めるのではなく、
「発酵する前に天日干しをして、土に還してやる」ことが最善策だと考えています。
これが、冒頭に書いた「恨まず、憎まず、ただただじっと客観的に見つめてあるがままを認識する」です。


僕の今年の抱負は、「煩悩と徹底的に向き合う」です。
僕は、周りに相当自己開示をしてる方だと思いますが、
それでもまだ、たまに自分の中に「良くないもの」が「ゾワっ」と浮き上がってくるときがあります。
具体的には、怒り、恨み、憎しみ、嫉妬、劣等感、などなどです。

そんなときは、そんな自分から顔を背けるわけではなく、思いっきり見ます。
ただし、鏡でみるわけではなく、頭の上にカメラを置いて、上から見るような感覚です。
「ほうほう、樋口はこういう状況になったときに、まだまだこう思ってしまうほど、人間的に未熟なわけやな。面白い。」
という感じです。

そして、さらに思います。
「その感情、持ち続けることで何かメリットある?ないよね?
OKOK、わかっているなら大丈夫。
じゃあ、一時的に今だけ遊びのつもりで負の感情を楽しむのはいいけど、ガチで持ち帰ってもしょうがないんで、思う存分楽しんだら、ちゃんと浄化して片付けて寝ろよ」
という感じです。

これで伝わるでしょうか…笑

僕目線で他人を見ていると、自分の中に巻き起こる負の感情は、当の本人にとってはとても重要で大事なものですが、
他人から見ると不必要だなと感じることが多いです。

たとえば、「怒り」「憎しみ」「恨み」「承認欲求」「劣等感」などの感情はそうです。
もちろん、全てだとは言いませんが、日常生活レベルだと、ほとんどの場合はそんな感情は無いほうがうまくいくことが多いです。
これらが効果的に働いて、結果につながるケースなど、ほぼないです。
あったとしても、ほとんどのケースでは、もっと効率の良いポジティブエネルギーで代替できます。

もう一度まとめます。
負の感情が湧き上がってきたら、
まずは、「俺は今、負の感情が沸き起こっているのだな」と、ハッキリと認識します。
それから、
「この負の感情は、俺目線で思っているだけで、周りから見たらマジで意味がない。損。馬鹿らしい」と、心から思うと、本当に馬鹿らしいと思えてきます。
徹底的に自分を客観視するということです。
だいたい、これで片付きます。

もし、「負の感情を持ちたくないのに持ってしまうことに悩んでいる」方がいれば、参考にしてください。


しかし、「負の感情も使いようによっては効果的なケースもある」ので、全部消し去ってしまうのも、それはそれでもったいないかもね、
…ということだけは最後に念を押してお伝えしときます。

特に怒りや悲しみなんかは、周囲も同様に共感させて、協力を得ることができたりしますから。
フランス革命や、ヒトラーなんかを見てると、上手く負の感情を使ったと思います。
まぁ、全てが結果論ですし、危険だとは思いますが。

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