自分とこの世界の接点は究極的には3大欲求しかない

ふと考えていたんですが、

3大欲求が本能的快感に直結しているのは言わずもがなだと思いますが、
逆に言うと、それ以外の目や耳で感じていることって、なんというか、ただのモニターとスピーカーにすぎないわけでして、金をいくら稼ごうが、社会からいかに承認されようが、社会貢献して幸福度を得ようが、家族や友人に愛を感じようが、全部虚像が動いて音を出しているだけなわけです。

…いや、こういうと、「この世はすべてVRだ」みたいな、中2病的な話で終わってしまうんですが、今日はもっとリアルにそれを感じてしまって、

あぁ、クソ、説明がむずいっす

いまかなりの額を借金してるんすけど、借金があるかどうかは五感にあまり影響を及ぼさないですし、
きれいな女性とセックスをするとしても、きれいかどうかってただの情報でして、きれいと思えばきれいですし、なんというか、オナニーと大差ないというか、

いや、この説明だと、「この世はすべてVRだ」論の域をでてないっすね

とにかく、何をどう生きようが、僕とこの世界の接点って、究極的には3大欲求のうち、しかも限定された一部だぞ、と強く思ったという話なんですが、こう書くとめちゃくちゃ薄っぺらいですね。

もうちょっと深堀りして考えて、うまく言語化できるようにしたいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。