流れゆく記憶

息子の虎之介と過ごしていると、「あぁ、なんて可愛くて愛おしいんやろ。頭がおかしくなりそう。」と思う瞬間が、そうですね…2時間に1回は訪れます。

そのたびに、この瞬間をずっと記憶に残していたいと思います。

しかし、どれだけ愛おしくても、数時間後にはほとんど忘れています。どれだけ虎之介が可愛かったか、あとで妻に話そうと思っていても、数時間後に妻に会ったときにすでに、「あれぇ、なんか話したいことがあったんやけど…忘れた」となります。

これを忘れずにストックしておくためには、映像やテキストで残しておくことしかありません。

しかし、ふと思います。

この感情を、なんのために残しておきたいのだろうと。


そもそも、人は生まれて死んでいくだけで、感情はその瞬間その瞬間ごとに変化していきます。その一瞬を残しておいたところで、何の意味があるのか。

唯一意味があるとするなら、「瞬間瞬間に幸せを感じることができ、その積分で連続的な幸せな時間を構成することができているか」この一点のはずです。

たとえ、幸せな瞬間が記憶の彼方へ消え去っても、今日虎之介が愛おしかった事実、そして、それによって幸せに気持ちになったこと、それ自体が価値があることなのだなぁ…、などと、

今日虎之介が顔をくしゃくしゃっと歪ませて満面の笑みで奇声を発しながら部屋中を走り回っているときにぼんやりと考えていました。

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