理想論

理想論だけで生きて、理想の中で死んでいくのが理想です。

僕の頭の中の理想的な仮想世界においては、全人類が理想論だけで動けば完全無欠の理想の社会ができるはずです。
全てが最適化され、人間全てが適材適所で動き、自浄作用で適度に犯罪も起きるし、弱肉強食で弱者は死んでいくが、そもそもそういうものだとして社会全体がそれを受け入れられています。

しかし、現実の社会はというと、
「現実問題」という小さいバグを誰かが持ち込んでしまうせいで、ある一箇所に不具合が生じ、
その不具合の辻褄を合わせるためにルールや法律が出来、それがまた何かしらに派生して連鎖的にパッチを当てざるを得なくなって理想がバグる…といったイメージです。

もちろん、検証も何もしておらず、全てイメージだけで書いてますので、現実問題、よくわかりません。


「理想論で生きる」とは、「美しく生きる」とほぼ同じではないでしょうか。
自然において、理想型は美しいです。数学がいい例でしょう。
自然が自然のままにあるとき、人はそれを美しいと感じます。
それは逆も然りで、美しく生きることは自然に生きることなのだと思います。

しかし、これが人間の複雑というかややこしい点で、美しくないものだからこそ心を打つこともあって、それはある意味「その系全体を1つマクロな視点から見るとトータルで美しい」などという理論が顔を出し、
では美しいとは何かの定義がうんぬんかんぬん…

…とか考えだしたら、考えるのが面倒になってきました。

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