あるがまま

「あるがまま」を「あるがまま」に捉えるということが理想だと考えて日々過ごしています。
事実認識を、正しい状態で行うことが重要だ、と。

しかし一方で、つきつめていくと事実などそもそも最初から存在せず、
ある事象を事実と思いこんでいるのは自分の心だけなのかもしれないという考えもあり。

とはいえ、ここにパソコンがあり、ブログの管理画面にアクセスし、
こうやって文字を打ち込むことでこの文章が世に公開され、
誰かが見て、何かを感じ、僕に何かしらの反応をしたとすると、
その事象は、僕の中で、相当事実っぽく認識されるわけです。

もっというと、「事実っぽい」というのは、
「多くの人が多数決的に同じ認識をしたと回答する確率が高いもの」と言っても良いかもしれません。
となると、物質的に起こっている現象(と僕が認識しているもの)や、客観的な数字の部分(と僕が認識しているもの)は、
僕の中の認識では、相当「事実っぽい」わけです。

これを、マジで事実なんかじゃなくて、ただの認識だと心から実感するのは、めちゃくちゃ難しいです。

だから、僕はそのために、
毎日毎日、事実を事実として認識する訓練をし、
それを習慣化して、自分の中にフレームや基準を構築し、
できあがったそれらを、最終的に粉々に叩き割るための前フリに精を出しているのかもしれません。

自分でも何を言ってるのかわからなくなったので、今日はここまで

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