火が好きです。
コンロの火ではなく、木や炭が燃える様を見るのが好きです。

この感情の理由を考えてみたところ、一つ思い当たりました。
それは、「モノが儚く散っていくのが好き」ということです。

木が燃えることで、体積が小さくなっていき、朽ち果てていき、真っ黒な燃えかすになる様をみるのが好きなのです。

僕が一番好きな花は桜なんですが、それも同じ理由です。
花見の季節、つまり全盛期は世間からもてはやされるんですが、
散ってしまうと、ただただ花びらで車や道路を汚すだけの物質になります。
その、咲き誇る様はあれだけ美しく愛される桜が、最期に醜く散ってしまう様まで含めて、
桜という存在自体が愛おしいです。

スポーツ観戦が好きではありませんが、甲子園だけはたまに見てしまいます。
それも、高校球児の夏が終わる瞬間をみたいからだったりします。
夢が儚く散りゆく様を見たいわけです。

僕は夏が一番大好きなんですが、
夏が大好きすぎるゆえに、夏の終わりの季節が真夏よりも好きです。


こう書くと、この感情を「サディズム」だと思われてしまいそうなんですが、
サディズムとは少し違います。
むしろ、高校球児に共感して、一緒に悲しい気分になってます。

こう書くと、逆に「マゾヒズム」だと思われてしまいそうなんですが、
これがまた、マゾヒズムとも少し違う気がします。

むりやり言葉にするとすると、「ペーソス」でしょうか。
哀愁が好きなのかもしれません。

以前書いた記事、「理想の最期」にもその価値観が現れている気がします。

うーん、前世は侍かもしれません。

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