アドラー哲学

最初に行っておきますと、僕は、アドラー哲学のことは全く知りません
名前を聞いたことがある程度です。
ただ、お題としていただいたので、頑張って書いてみたいと思います。

【お題をいただいたFacebookコメントはこちら】
http://bit.ly/2ICOtTP

とりあえず、ググってみると、なんとなくここがまとまってそうな気がしましたし、
「10分でわかる」と書いてたので、ざっと読んでみました。

これは…ヤバいですね。
僕が最近考えていたことの一部を言い表してくれているような気がしました。


今年に入ってからずっと、僕の会社BOOKが社会に存在する意義はなんなのか、ずっと考えていまして、
おそらく、毎年毎年微妙に変わっていくとは思うんですが、
暫定的にとりあえず「これかなぁ?」と思っているのは、
「不自由を自由にする」です。

会社の理念とかをガチで説明しだすと長くなりそうなんで、ささっといきますと、
まず、BOOKの理念は、3つです。

  1. どこでも出来る世界をつくる
  2. なんでもできる世界をつくる
  3. だれでもできる世界をつくる

補足として、一言ずつ足します。

  1. 全ての環境から自由になり、どこでもできる世界をつくる
  2. 過去の自分から自由になり、だれでもできる世界をつくる
  3. 全ての常識から自由になり、なんでもできる世界をつくる

これです。
つまり、キーワードは「自由」です。

そしてこのうちの2つ目、「過去の自分から自由になり」っていう言葉が、
アドラー哲学に通ずるものがあるような気がしました。


物理の世界には、慣性の法則というものがあります。
物理の世界にあるのであれば、人の世界にも慣性の法則があるに決まってます。
習慣をなかなかやめられないのも、習慣づけるのが難しいのも、慣性の法則です。
そして、セルフイメージについても同様です。
過去の自分はこうだったから、今日も明日も明後日も、同じようにそうに違いない。
…と思うのはしょうがありません。慣性の法則に従うので。
その慣性の法則なんて幻想なんで、自由になりましょうよ!というのが僕がやろうとしていることです。

上に書いたのを、「時間軸における過去からの分断」だとします。
アドラーは、それを、「論理的展開の中での過去からの分断」にも広げて適用しているのだと認識しました。
つまり、「言動には、起点(原因)があり、それがこうなってこうなってこうなるから、よってこうである」というように、論理的展開が左から右に向かって進行していくとして、今いる場所よりも起点に近い左側の部分を断ち切ってもいいんだよ?
…と言っているのではないでしょうか?
(僕、たった一回ブログを読んだだけで、ほぼ想像で書いてるので間違ってたら遠慮なく訂正お願いしますね)


僕は最近、田川在住のシニアの方々向けに、IT講習会を無料で開いています。
内容は、Wifiとはなにか、Wifiの設定方法、LINEアプリのダウンロードのしかた、LINEのアカウント作成、
パソコンの動きが悪くなったときのメンテナンスのしかた、などなどです。
講習会の最中、お年を召した方々は、一様に口をそろえて「最近のITとかいうのはよくわからなくてついていけないのよね」とおっしゃいます。
でも、実際に面と向かってお話をすると、決して「頭が悪い」わけでも、「極端に物覚えが悪い」わけではないんです。
じゃあ、なぜできないか?
今のところ僕が感じている理由は、主に2つだと思っています。

  1. ITに対して、今までついていけなかったから、今日もついていけない。
  2. ITに対して、まわりの同年代の人もみんなついていけてないから、私もついていけない。

これです。悪しき先入観です。洗脳と言っても良いかもしれません。
過去の自分から、周りの環境から、自由になれてないわけです。
僕は、それをブチ壊すために、面と向かってハッキリと言っています。
「◯◯さんは、スマホの操作が頭が悪くて覚えられないのではありません。覚えられないと思っているから覚えられないだけです。」

こんな地道な活動を続けています。
これも、アドラー哲学にのっとった活動じゃないかと、自分で思いました。

ちょっと、アドラー哲学に興味がでてきました。

アドラー哲学” への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です