「したくない」「するべき」

過去のポストのサルベージです。

プラットフォーム:Facebook
投稿日:2016年11月1日

したくない(感情・感覚・気分)と、するべき(義務・規律・論理)が、こんなに毎日戦っているのに、8:2くらいの勝率で後者が勝つ。
人間すごい

肉食動物が狩りをしているとき、「したい」or「するべき」
どっちでやりよんやろ


以上、2年半ほど前の記事です。
当時は、今に比べて、毎日毎日やりたくないことばかりやっていたような記憶があります。
それこそ、生活の8割くらいは、やりたくないことをやってたような気がします。
今はだいぶ緩和されましたが。

動物や昆虫は、本能だけで動いていて、義務・規律・論理でものごとを考えてないはずです。
つまり、行動原理が、「やりたい or やりたくない」だけのはずです。
そして、種の保存の観点から見ると、絶滅していない生き物たちは、失敗はしていないと言えます。
そういった意味で考えると、人間のやり方はそれはそれで正しいのですが、動物のやり方も同様に正しいということになります。
じゃあ、どちらも正しいのであれば、「やりたい or やりたくない」というシンプルな指標だけで生きていける動物のほうがいいんじゃないかという気になります。

ただ、個体レベルで考えたときに、死のリスクが最も低いのがおそらく人間なんでしょうね…
でも、死が嫌だと思うのももしかしたら人間だけかもしれないし、
そもそも、人間以外の生き物が、幸福、恐怖、不安という感情や意識をもっているのかということも、答えがわかりません。
つまり、マジでよくわかりません。

余談ですが、哲学についての本で読んだことがあるんですが、動物に意識があるかどうかは、何をどうやっても検証できないそうです。
その本によると、意識とは、「その個体の意思によって、ものごとを選択的に判断すること」といった意味だそうです。
たとえば、ヘビがマウスを捕食する際に、「マウスを食べたい」という意思があるかどうかはわからない、と。
ただ単純に、「ある一定以上の体温のある物体が、ある一定条件を満たした動きをすると襲いかかる」というルール…というか、プログラムで動いているだけであって、意識によって動いているかどうかは、言葉をしゃべらない限り、検証できないらしいです。

…うーん、確かに、ですね。


話がそれましたが、結局のところ、人間と人間以外の動物、どちらが幸福なのかは検証のしようがないという、当たり前の結論がでました。
ただ、人間社会の中で人間の頭脳と意識をもったまま、動物のように「やりたい or やりたくない」だけで判断して行動し、かつそれで個体として寿命を全うする生き抜くことができれば、
個体の幸福度という点では、おそらくそれがベストな生き方なんじゃないかと思っています。

ただ…ねぇ。
個体の幸福度よりも、所属している集団全体や他者の幸福度を優先して上げる事によって、結果的により個体の幸福を感じてしまうという、ややこしい入れ子構造になってしまっているのが面倒なところなんですが。

人間って、贅沢だと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。