意識コストの優先度問題

コロナウイルスが驚異です。
ちょうど今日、ついに僕が住む福岡にウイルスが上陸したというニュースが入ってきました。

子供がいる以上、コロナウイルスの動向には注目してます。
僕がコロナにかかるとヤバいからです。

で、それに関連して、ダイヤモンドプリンセス号についてのニュースもよく目にします。
ただ…ですね、この件に関しては、さっぱり頭に入ってこないんです。
おなじコロナのニュースでも、「福岡に上陸したかどうか」は入ってくるのに、「ダイヤモンドプリンセス号」に関して色々と露呈してきた政府のまずい対応については、全然ダメです。

そこで、あらためて思いました。

「自分が直接行動して対処しにくい & 大人数にとって重大な問題」
と、
「自分が行動することでしか対処できない & 自分を中心としたごく少人数にとってのみ重大な問題」
を比較すると、どうしても後者の優先度が高くなってしまうので、前者にたいする意識が下がってしまうな、と。

僕が、政治に対して何をどうしても興味を持てない理由がそれなんです。
政治に関するニュースを知ったところで、今日や明日の行動が変わらないんです。
もちろん、政治の動きを知らないと、人生を大きく見て、ここぞというときの決断に影響するということは分かっています。
分かっているんですが、正直、毎日生きるのに精一杯で、それどころじゃないんです。効果がある「その日」までが遠いんです。
直近の行動に関わらない情報に対して意識のアンテナを貼り続けておくのが、しんどいんです。

分かっています。大人として、ニュースに興味を持てないのは、良くないんです。恥ずかしいことなんです。
でも、マジで、そこにコストをかけられないんです。他に興味があることや、知っておかないとマズいことが多すぎるんです。

ダイヤモンドプリンセス号で、感染症の専門知識を持たない公務員が検疫期間の措置を行ったことについての記事より、
Youtubeでアクセス数を稼ぐためのタイトルの付け方の記事のほうが、僕の中で、めちゃくちゃ優先度が高いんです。

皆さんが、このへんにどう折り合いをつけてるのかが、さっぱりわかりません。辛いです。

意識コストの優先度問題” への1件のフィードバック

  1. 目の前の成果や結果に注目すればどうしても意識コストが優先されますよね。
    自分も全くそうです。
    ただ今はバラバラな行動(力)で成果もどこに向くのかわからくても、自分のエネルギーの一部を注入し続ければ廻りの風向きも段々揃ってきてあるべき方向に強い影響を与える成果にならないかと願うこの頃です。
    スカラーとベクトルの話のような・・・

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