言葉のバックボーン

「説得力の正体とは何か?」と考えることがあります。
もちろん色んな要素が複合的に混ざってるので一言では言えませんが、
乱暴に一言で言い換えると、
「発言者に対する信頼」なんじゃないかと思ってます。
「この人が言うなら間違いなさそうだ感」と言ってもいいかもしれません。

そして、その信頼の源とは、ほとんどが過去の行動や実績によるものだと思ってます。
さらにいうなら、必ずしも実績が本当に必要だとは限りません。

例を挙げましょう。

「今日という日を大事にして、楽しく生きましょう!」

という言葉があるとします。
言葉としては、とてもいい言葉だと思います。

さて、今から2つのシーンを想定します。
できるだけリアルに想像して、脳内で再生してみてください。


【シーンA】
深夜のライブハウスで行われている大学生のサークルイベント。
客は、音楽を楽しみに来ているというよりは、ほとんどナンパ目的。
時刻は23時をまわり、バンドも客も酒で酔っ払っていて、会場内がめちゃくちゃ。
そして、曲間のMCでベロベロに酔ったボーカルが一言。
「イエーイ!!みんな、来てくれてサンキューでーす!今日はもう二度とやって来ませんから!今日という日を大事にして、楽しく生きましょう!


【シーンB】
ニュース番組をみていると、とある地域の災害をリポーターが取材していた。
被害にあった街並み。瓦礫の山。
そして、カメラがある家の中に入っていくと、家の中の家具はぐちゃぐちゃで壊滅的。おそらく80歳くらいのおじいちゃんが一人で片付けをしていた。
リポーターがマイクを向けると、おじいちゃんが一言。
「災害でいろんなものが無くなっちゃったけどさ、あたしゃまだまだ死ねませんよ。今日という日を大事にして、楽しく生きましょう!


さて、この2つを比べて、どう感じたでしょうか。
どちらに「説得力」を感じたでしょうか。

あえてコテコテのステレオタイプにのっとって偏見たっぷりに書きましたので、不快に思われた方は申し訳ありません。
しかし、僕が何を言いたかったのかは伝わったのではないでしょうか。


実際に行動や実績の保証がなかったとしても、文脈や状況をもとに受け取り側の脳内で勝手にストーリーを作り上げ、想像だけで説得力が出てしまうケースがあるということです。

実績がなくても出てしまうのですから、喋り手に実績がある場合だと、言葉がさらに聞き手に突き刺さります。
良くも悪くも、突き刺さってしまいます。

これは、時に怖い場合があります。
万が一喋り手が間違ったことを言ってしまったとしても、説得力をもって突き刺さる言葉として聞き手に刺さってしまうからです。
また、間違ってはいなかったとしても、
「喋り手にとっては正解だが、聞き手にとっては不正解」というケースも十分ありえます。

僕は、その状態に陥るのを防ぐために、人の話を聴く時に注意していることがあります。
それは、

「目上の人や実績がある人の言葉はすこし否定的に、目下の人や実績がない人の言葉はすこし肯定的に受け取る」

です。言い換えると、

「説得力のある言葉はすこし否定的に、説得力のない言葉はすこし肯定的に受け取る

とも言えます。
つねに自分の感覚を疑ってかかるということです。
これは、「人を常に疑い、疑心暗鬼になれ」といったようなニュアンスの話ではなく、
「なにも意識しなかったら無意識バイアスがかかってるから、逆方向に補正機能入れとこうかな」くらいの感じだと表現するとわかりやすいでしょうか。
それくらい意識してはじめて、人の言葉をちょうどフラットに聴けると思ってます。

あ、いま、僕に対して「説得力がないやつだ」と思ったそこのあなた、ぜひこの記事の内容を信じてみてください。

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