楽しみの自家発電装置を持て

昨日の記事の続きです。

さて、昨日の記事では、一緒に何かをして遊んだときに、
「予定通りに物事はすすまなかったが、それでも楽しんだ」人よりも、
「予定通りに物事がすすまず、がっかりした」人のほうが、次回以降に誘われにくいというところまで書きました。
それについて、もう少し考えてみようと思います。


まず、上で述べた両者を並べてわかるのは、
同じものをみて、同じ体験をしても、楽しめる人と楽しめない人がいるということです。
この違いを表現するとしたら、「楽しみの自家発電装置をもっているかどうか」だと思います。
これは、僕が勝手に作った言葉です。

つまり、「楽しみ」を自分の中で作り出せる人と、
自分の中で作り出すことができないので、外部の環境から楽しみを引っ張ってこないといけない人がいる、と言い換えられます。

そして、この自家発電装置を持っていなかったり、性能が悪かったりする人は、損をすることが多いと思います。

ちなみに、「楽しみの自家発電装置」とは具体的に何かというと、「ツッコミ力」であり、「企画力」だと思っています。


「ツッコミ」というのは、魔法の錬金術のようなものです。
どんな最悪な状況でも、最悪な場面でも、捉え方ひとつだったり、言葉ひとつ、切り取り方ひとつで、
笑いやワクワクに変えることができます。

たとえば、友達と一緒に、人がほとんどいないさびれた遊園地に遊びにいったとします。

設備が汚く、古くさく、たいしたアトラクションが無かったとして、
それを、マイナス要素と捉えるか、
逆に、一見マイナス要素に見えるものを「天然ボケ」と捉えてツッコむことで笑いに変え、一周して面白くしていくのか。
全てはツッコミ力次第です。

対して、ディズニーランドなんかは、「こう楽しんでくださいねー!」っていうのが、めちゃくちゃわかりやすくデザインされてますので、ツッコミがあまり必要ないです。
テレビのバラエティー番組に例えるなら、余計な要素はカットされ、テロップがバッチリ入っているようなものなので、楽しみ方がわかりやすいです。

※余談ですが、よく笑う「ゲラ」の人は、心のなかでツッコんで笑っているので、ツッコミ力が高いケースが多いと思います。


「企画力」もほぼ同意義です。
前述のさびれた遊園地の例で言うなら、
「ゴミ箱に入っていない空き缶を一個でも多く見つけられたやつが優勝」だとか、
「1枚の写真のなかに他のお客さんを一人でも多くおさめたやつが優勝」みたいな企画を足すことも出来ます。

やろうと思えば、なにもないところから、いくらでも楽しみは産み出せます。


もちろん、楽しみは与えられたほうが楽ですし、
楽しみを自家発電するのは、カロリーが要ります。
だから、ついつい自家発電をサボってしまう人が、世の中には一定数います。
そんな人に対して、楽しいと思ってもらうためには、
外的要因をしっかりとお膳立てしてやる必要があります。
この場合、幹事や誘った側の責任負担が大きくなります。

僕が、さびれた遊園地に誰かを誘って行きたいとします。
その場合、言うまでもなく自家発電装置のスペックが高い人は誘いやすいです。
ほおっておいても勝手に楽しんで帰ってくれるので、相手の楽しみの責任を僕が負わなくていいからです。
それに比べて、自家発電装置が弱い人は誘いにくいです。
誘っておいて、楽しめずに帰らせてしまったどうしよう…と、不安になります。
もちろん、遊びに誘っている時点で、「その人が好きだから」誘ってるわけですが、
その相手にとって有意義な一日に出来ないかもしれないと思うと、もはや容易に誘えなくなります。
これは、好きな人であればあるほど、より誘えません。


ということで、「楽しみの自家発電装置」のスペックを高めておくと、
いつどこでもどんな状況でも楽しめることができ、
結果的に、色んな場に誘ってもらいやすくなり、経験の機会損失が減ると思います。
これは、メリットのほうが多いと思います。


ついでに、遊びではなく、仕事でも同じようなことが言えます。
どんな案件でも楽しんでくれる人と、案件次第ですごく辛そうにしてる人、
自分が次回オファーするとしたら、どちらの人に頼みやすいでしょうか。
どちらに頼むほうが、心理的ハードルが低いでしょうか。

遊びではなく仕事となると、心の余裕がなくなって、時々どうしても辛そうにしてしまいがちですが、
そんなときこそ楽しみを見つける余裕を無理やりにでも捻出したいものです。
これは、自戒の念も込めて。


以上、佐賀バルーンフェスタの感想でした。

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