犬を飼ってみて感じたこと

犬を飼っていた時期があります。名前は「ぷん」といいます。

「飼っていた」と過去形だからといって別に悲しい意味ではなく、僕と弟が同居していたときに飼い始めて、その後、弟の結婚とともに弟夫婦に預けたので今は離れているというだけです。
もうすぐ6歳になりますが、東京で元気にしているみたいです。

ぷんは、生後2ヶ月足らずで、我が家にやってきました。
もちろんしつけもまだまだ全然でしたので、それはそれは大変でした。

遊ぼうと思ってケージから出すやいなや部屋中をかけまわり、ティッシュや書類、DVD、食材庫を荒らしまくる始末。
挙句の果てには、落ち着いてやっと動かなくなったかなと思ったら、カーペットに生暖かい液体が…

といった感じでした。
心と時間に余裕があるときなら大丈夫ですが、さあ今から仕事の打ち合わせで出かけようかと思った矢先にそれをやられると、そのせいで遅刻して先方に迷惑をかけてしまうこともあり、ときにはイライラしてしまっていました。

しかし、あるときふと思いました。
ぷんがしたことは、何がどう悪いのだろうと。


本来、犬は外で生活する生き物です。
屋内と野外の区別をつけているのは人間だけです。
つまり、ぷんにとっては、リビングは外と同じです。
ティッシュを散らかすことと、地面に落ちている落ち葉を散らかすことの区別はついてないはずですし、
屋外でトイレをすることは良いが、リビングでトイレをすることが悪いなどというルールが、産まれて数ヶ月の犬にわかるはずもありません。

また、「所有」の感覚もないでしょう。
食材庫にある食材が、自分のものではなく主人のものだという感覚も、最初はよくわからないはずです。

ぷんがやらかしてイライラしてしまったことの中で、ぷんが悪いことをしたことがあるか?と考えたときに、ぷんは、一つも悪いことをしていませんでした。

なんなら、しつけがうまくできていない飼い主のせいでしかありません。
ぷんは、むしろ被害者でした。

勝手に家の中に入れられ、理解する間もなく人間界のルールを押し付けられ、守れずにあたりまえのルールを破ったことでイライラされたら、ぷんの立場になって考えると、たまったものじゃありません。


僕には、虎之介という、1歳になる息子がいます。

寝ろと言っても、泣きまくって寝ない日もありますし、
ご飯を食べてほしいのに食べないときもあります。

公園に連れて行くと、ちょこちょこっと道路に向かって走っていき、飛び出しそうになってヒヤヒヤします、
食事をさせてやろうとスプーンを手にもたせると、口に持っていくまでに必ず上下逆さにするので、全部こぼしてしまいます。

大人からすると、「は?なんで?ちゃんとしろや」と思うことも多いかもしれません。
でも、今の僕は、虎之介が全く悪いと思いません。思えません。
大人が大人の都合で作ったルールに子供が従わないだけで、大人が勝手にイライラしてるだけです。
なんなら、こんな不自由な世界に産まれてこさせてしまって申し訳ないとすら思っています。

かといって、大人の常識やルールを押し付けてはいけないのかと言われると、それも違います。
大人たちが必死こいてルールやノウハウを取り決めた社会に産まれ落ちたのだから、子供は子供なりに、ある程度は頑張って従わないと生きていけません。


ただし、

大人のルールに従わせたい大人の思惑と、子供や犬の思惑がずれたとして、
それは、出来なくてあたりまえであり「出来ない」がデフォルトだと考えると、イライラが申し訳なさにかわります。

ぷん、すまんかった。
虎之介、すまんね。

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