夜明け前

今日は、僕の人生夜明け前の話。


僕は、就職活動をした経験がありません。
福岡での大学院時代、周りの友人達が就活で忙しそうにしてる中、
バンドや、自主制作映画にあけくれていました。
自分が会社で働いている絵が全く想像できなかったからです。

大学院生の僕は、バンドでプロになって飯を食っていくつもりでしたし、いけると思っていました。
(ちなみに、今冷静に考えても結構良いバンドだったという自負があるので、真剣に続けてたらワンチャンあったかも笑)
そして、卒業直前。
当時、バイトで働いていたホームページ制作会社の社長から、契約社員として働かないか?というお誘いを受けました。
社長が提示した条件は「バンド活動を応援しているから、練習やライブの予定などを優先していい」というもの。
金額的な面も十分だったので、バンド活動資金を稼ぐ意味でも、ありがたく働かせてもらうことにしました。

そして、会社勤めとバンドの両立を目指す日々がはじまりました。
僕が担当していたのは、主にHTML+CSSやPHPのコーディングでした。いわゆる「プログラミング」ってやつです。
経験のない分野の仕事で、一から勉強していったのですが、
もともと論理的思考が好きなこともあり、仕事自体は楽しくやっていました。

が、仕事を続けるにつれ、徐々に生活の歯車が狂ってきました。
僕は、極度に「毎日同じ時間に同じ場所に通う」ことができませんでした(これは今もそうです)。
どうしても朝起きることができず、遅刻を繰り返すようになりました。
そんな僕をみた、社長と直属の上司である主任は僕に、
「樋口だけは何時に来て何時に帰ってもいいよ」と言ってくれました。
その言葉に感謝し、甘えるようになりました。
一番ひどい時は、18時くらいに起きて19時に出社し、32時(朝の8時)くらいに帰宅するといった生活だったような気がします。

また、ハッキリ言って、優遇されていたと思います。
ただ、社内で自分だけが優遇されているのではないかという事実に、自分の中で折り合いがつかなくなってきた僕は、
人生初めての「うつ」を経験しました。
会社を無許可で休み、社長や主任からかかってくる電話に出ることも出来ず、
ただただ自分の部屋のベッドで横になっているだけの期間が一週間ほど続いたこともあります。
そんな時でも、社長や主任は僕を見捨てることも詰め寄ることもなく、家をたずねてきてくれ、まともに表情も作れない僕に、
「お前が生きとうだけで安心した。あせらんでいいけん、気分が良くなったら俺に会いに来てくれよ!」
と笑って一言だけ残して帰っていったこともあります。

そんな恵まれた環境に最大限感謝しつつも、これに甘えてしまっては自分がダメになってしまうかもしれないという感覚が拭えず、
1年3ヶ月勤めた会社を退社し、音楽作家として生きていく為に上京することを決意しました。

退社日、僕の送別会が終わり、社長が車で僕を家まで送ってくれました。
車を降り、
「では、東京に行ってきます。今まで本当にお世話になりました。」
と最後のお礼の言葉を伝えると、社長はおもむろにスーツの内ポケットから茶封筒を出し、
「絶対成功せえよ。」
という一言を添えて、僕に渡してくれました。
その中には、当時の僕にとって大金すぎるほどのお金が入っていました。

以上、私、樋口聖典の歴史「はじめての会社勤め編」でした。
これが、契約社員とはいえ、僕にとって今のところ最初で最後の会社員経験となります。

当時の社長や主任とは、今でもたまに連絡をとります。元気にしているみたいです。
今でも、その二人の立ち居振る舞いは、僕の中の「人の上に立つ人間はどうあるべきか」という価値観にかなりの影響を与えています。

それと同時に、
「あれだけ良い上司と良い環境下にあっても会社勤めができなかった自分は、まごうことなき社会生活不適合者だ」
という自分の性質に気付く、良い機会を与えてくれました。
もし全く尊敬できない上司の下で働いていたら、就業形態ではなく人のせいにして、全く同じ失敗を繰り返していたかもしれません。

夜明け前” への1件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。